さあ答えを

馬鹿なヲタクの独り言

君の青春を覗いた

一つのことにしか夢中になれない私は今、キスマイからいったん離れて別の界隈に生息している。刻々と変わっていく価値観の中、なんだか少し切ない気持ちになったので書き記しておこうと思う。

 

 

 

私は今とある俳優さんが好きだ。といっても元はダンスボーカルグループのメンバーである(ここまで言ったら誰かバレそう)ので、結局はそういうことなのかと自分の中で妙な納得をしつつ、彼をぼちぼち追っていた。

 

私は嘘偽りなく寸分違わず顔ファンなので最初は「顔がいいな~」とか言いながら彼を見ていた。次第に彼のことをもっと知りたいと思うようになり、演技を見て、劇中で歌声を知り、ダンスを見た。彼の歌って踊ることに対する情熱に魅了された。彼がダンスボーカルグループのメンバーだということは後から知った。

私は彼の「俳優」の部分しか知らない。だから彼のグループのCDを買った。DVDを見た。雑誌のインタビューを読んだ。「俳優」をしながら「歌って踊るパフォーマー」をする彼は、私の中で尊敬に値した。

 

 

 

そんな彼が所属するグループは、3月の末にメンバー全員が卒業した。それにあたり、彼は自身が所属するグループのことを『僕の青春のすべてだ』と言った。そんな彼の輝かしい『青春』を、私は覗いた。彼が大切にしている宝箱の中身を見る、そんな感覚だった。誰にだって眩しい青春の日々がある。彼の『青春』をこの目で見て、私はなぜか自分の青春と彼のそれを重ねてしまった。彼の『青春』が眩しくて痛かった。彼の『青春』を見て自分の青春を思い出すなど、なんて馬鹿馬鹿しいことなんだろうと思った。私ごときの、ちっぽけな眩しくて貴い青春の日々が彼の『青春』に敵うはずなどないのに、同じまばゆさのように感じてしまった。それが今の私の心には痛い。

 

 

 

もう少し語らせてほしい。

 

 

 

 

彼は時たま『自分はいったい何者なんだろう』と思うことがあるという。それが、彼が役者である原動力にもなっている。『役者でいれば、自分を見失いそうになっても何者にでもなれる』と。確かにそうだ。私もほんの短い間だが役者をしていたことがあるから分かる。彼は本当に役者ということに対して誠実な人だと思う。だけど、先ほど述べたように彼を知ったうえで言わせてもらえば、私にとって彼はもう十分『何者』である。役者をしている彼も、そうでない彼も、私の中ではすべてが私の好きな彼自身だからだ。

 

 

 

こうして言葉にして書いてみると、自分ってだいぶ拗らせているなあと思う。やっぱりどこまで行ってもご都合主義でしか生きられないタチの悪いオタクなのだ。勘弁してほしい。

 

 

 

 

 

最後に、推しくんへ。

 

自分勝手でごめんなさい。私なんかが言うことじゃないと思うけど、『何者』であってくれてありがとう。私に眩しさを見せてくれてありがとう。これからもずっと輝きを放っていてください。

 

 

 

 

君はまだ青春の中に。

 

私とキスマイとあれこれ

TLが賑やかですね。

 

私がいつどうやってキスマイを好きになったかこれまできちんと書いたことがなかったし、公表したところで特にどうこうなるわけでもないから書いてこなかったんですが、せっかく沼落ちブログを書かれた方がおられるということでこれに乗じて私も書いてみようかなんて思ったところでございます。

 

f:id:wotakuchang:20200418194308j:plain

サムネ用のピカチュウ

 

 

 

2016年 沼落ちまで1km

 

過去のブログで書いたように、この当時の私は元担当に裏切られた傷が癒えきっておらず、またアニメや声優さんにハマっていた頃。

「もうジャニーズは当分いいや」が私の口癖だった。

そんなときGravityの映像を見る。とても衝撃を受ける。それまでキスマイはバラエティに出てちょけているだけのグループだと思っていたし、どうにも藤ヶ谷さんのスカした感じが気に入らなかった。でもこれを見てイメージが変わった。

 

「へーキスマイってかっこいいんだね。次にジャニーズにハマるならキスマイかなw」

 

 

ばかこの。この時点でハマっておけばよかったのだ。

 

「じゃあキスマイいけばいいのに」

 

母の言葉に

 

「いやでも今は私は推しがいるしジャニーズは当分いいんだって」

 

コイツはゴミだ。

 

 

 

 

2017年 沼落ちまで800m

 

Tonightの映像を見る。

「やっぱキスマイってかっこいいよね~、次行くなら絶対キスマイだわ」

「だからキスマイいけばいいのに」

「いやだから今は推しがいるんだって。今じゃない」

 

f:id:wotakuchang:20200418200258j:plain



いつになったらハマるんだ。

 

 

 

 

 

2018年初頭 沼落ちまで100m

 

買ったまま見ていなかった山下くんのライブDVDを鑑賞する。そこでNEXTACTIONでコラボしていた藤ヶ谷さんに出会う。私がグッときたのはNEXTACTIONではなくそのあとに呼ばれてPAri-PArAを見よう見まねで踊る藤ヶ谷さんのかわいさだった。

それまで藤ヶ谷さんのなんとなく斜に構えた感じ(ド偏見)が気に入らなかった私だが、そこで藤ヶ谷さんのかわいさに気づく。

「藤ヶ谷さんってかわいいんだね~」

 

で終わってしまった。

 

 

 

 

2018年9月23日 運命の日 チェックメイト

 

声優の推しを降りて何もなくなっていたとき、ふと母親に提案する。

 

「ジャニーズ縛りカラオケ行こうよ」

 

元NEWS担ということもあって、NEWSの曲やテゴマスの曲を多く歌ってしまう中で歌ったSHE!HER!HER!。私はこれが歌えなかった。歌えると思っていたのに歌えなかった。リリースされた当初にあれだけ歌番組でやっていたし、それを見ていたから歌えるはずだとたかをくくっていた。でも歌えなかった。

それが猛烈に悔しかった。なんでか分からないけれど死ぬほど悔しかった。

 

それがすぐに興味に変わった。

 

カラオケが終わって即行で中古ショップに駆けこんだ。有り金全部つぎ込んでそこに置いてあるディスクの類を買い漁った。

 

そして家に帰ってその日のうちにFCに入会した。

 

「もういいからね!?知らないからね!??FC入っちゃうよ!?入るからね!??」

 

なぜか母親にキレていた。そして本当にその日のうちに入金まで済ませた。

 

 

頭がおかしい。たった一日でキスマイに落ちるなんて。しかも動機がよく分からなさすぎる。今考えても理解不能だ。

 

 

そしてその翌日には

 

f:id:wotakuchang:20200418201401p:plain

 

この有り様だ。どうしてしまったんだ私は。この思考に至った経緯をもはや思いだせない。

 

でもここまで北山くんにホの字になったきっかけははっきり思い出せる。

 

 

それは母の言葉だった。以前の私のブログを見てほしい。

 

f:id:wotakuchang:20200418203445p:plain

 

元担当に落ちたときも母の言葉だったのだ。そして私はまたしても母の言葉によって北山くんに落ちたのだ。

 

 

今回は

 

「みっくんってなんかかわいくない?」

 

この言葉によって、私は北山くんのことばかりを目で追うようになってしまったのである。そして今に至る。

 

母はいつもそうだ。なんでもない顔して「ちょっとこっち来てみて?これ見てごらん」と私を呼び出し、何も知らない純朴な私は何の気なく母の元へ行く。そして後ろから背中をドーーーーーン!!!!!!!と押し部屋に閉じ込め、扉をバターーーーーーーン!!!!!!!!と閉めてガチャア!!!!!!!!!!!!とカギをかけてそのあとは知らんぷりだ。本当にタチが悪い。

「おかあさんごめんなさい!!!!!!!開けてよお!!!!!!」と懇願してももう遅い。そこは先の見えない北山宏光の沼という名の真っ暗闇。

 

 

 

 

 

元担当から離れてからというもの、いろんな界隈を渡り歩いたが1年と持たなかった私が元担当以来これほど長く好きでいるのは北山くんが初めてなのだ。だからこれからも好きでいたい。穏やかなオタクでいようと思う。

つまらない話で申し訳ないです。

 

精神病ってこんなもん その後

 

wotakuchang.hateblo.jp

 

 

約4か月の時短勤務による治療を経て、ようやく12月から通常勤務に戻ることが出来た。私は性格上一度決めたら絶対にやり遂げたいから、たとえどれだけ時間がかかろうとも必ず職場に復帰しようと決めていた。

通院治療自体はまだ続くが、あのどん底から4か月で這い上がれたのは周り人たちの協力と私が抱いた意志があったからだ。今はそう思える。

 

私は前回のブログから今日までで、初めて自分の気持ちを大切にしようと思った。誰に何を言われたってしんどいときはしんどいし、大丈夫なときは大丈夫。しんどいときは一人で抱えず誰かに助けを求めるようにした。

 

自分を大切にすることを、私は生まれて初めて知った。誰もが普通に無意識の中で誰に言われるでもなく出来ることを私は成長過程で身につけられなかったか、生きてきた道のどこかで欠け落としてきたのだと思う。これまでを振り返っても、自分を大切に思ったり自分の意志を通そうとする気持ちが希薄だった。その代わりに受ける痛みやコンプレックスを特に過度に感じていた。だから初めから感情を抑え込んで他人からぶつけられる感情や意志だけ受け止めていた。そうすれば自分の意志を抱かない分、期待がないから強く痛みを感じないと思い込んで諦めていた。そうやって単にいつ割れるかもわからないエアクッションを心に抱いていただけだったんだな、と気づいた。割れてしまったエアクッションの中には何もなかった。

今考えたら、そりゃあ精神もやられるよと思う。自分を大切に出来ないことはとても可哀相なことだと思った。大切に出来ないから他人に言われたことばかり気にして自分を責めて傷つけ続ける。

 

私は今この場所で、今周りにいてくれる人たちのおかげでやっと人間らしくなれた。自分を大切になんてそんな当たり前のことが私には分からなくて、人に言われるまで頭にもなかった。常に自己犠牲的でい続けることに大層な意味などない。何が正解で何が不正解かなんて人それぞれだ。最適解は100人いれば100通りある。

 

自分らしさって何だろう、自分らしいってどういうことだろう。幾度となく考えた。答えはその場その場で見つけたらいいと思う。今私がこうしたいからそうする。自分の意思をすべて押し殺してまで他人を気にする必要はどこにもないし、そんなこと誰も頼んでいない。勝手な自己犠牲で他人を思いやった気でいる方がよっぽど気持ち悪いなと、今少しだけ思う。だから最低限自分の意思を我慢しなくてもいいこの環境にちゃんと感謝したい。ちゃんと私を人間として扱ってくれた家族、職場の人、友達、フォロワーさん。みんな私にとって大切な人だ。自分を大切にしてくれる人を大切にすればいいと思うし、それが一番いいことだと思う。精神衛生的に安全だろう。

 

自分を否定しなくなってから、顔色がうんとよくなった。今までどれだけ化粧をしてもブサイクだった顔があからさまに明るくなった。人間性は本当に顔に出る。それと、私が一番嬉しかったことがある。私が落ち込んでいる時も悩んでいる時も死にたいと口にしたことも全部一番近くで見ていた母が、毎日楽しく生きている私を見て安心したように笑ってくれたことだ。私が「今日はあそこへ行こうよ」と誘うと「いきなり?」と言いながらも一緒に行って楽しんでくれて、なんだか母の楽しそうに笑った顔を見た私は泣きそうになった。自分のことで精いっぱいだったから私の調子が悪かった時に母がどんな顔をしていたかは分からないけれど、ああやって嬉しそうに笑ってくれた母の顔はとても心に来た。何と言ったらいいかわからないけれど、心配かけさせていたんだなと改めて思った。自分が元気でいることで両親が笑ってくれるならなんかその方がいいなって、ぼんやりとしたことしか言えないけれど思った。なんか本当にうまく言えないけれど、家族がいてくれてよかったなと思った。明日のことを考えるのが楽しくなった。

 

過去でも未来でもない今を生きるなら楽しい方がいい。私は今を全力で楽しみたい。たまには羽目を外してみてもいい。泣いたっていい。好きなことをとことんやって、極めて、最後にはいつも元気に笑っていたい。そうやって今日も明日も生きていく。

2019年を振り返る

1月

例年通りカウコンを見て新年を迎える。早く初詣に行けと祖父母にどやされる。正月太りを懸念していたが年明け前とそう変わらず豚を回避する。

北山さんの表紙祭りが始まる。本屋に行っても北山さん、家に帰っても(当然買って帰ってるから)北山さん、右も左も北山さんみたいな激幸せ時空間が爆誕していた。トラさんへの期待値が跳ね上がる。

 

2月

自担が銀幕デビューする。公開日、いったん家に帰って食事を取ってから映画館へ。終始ルンルンで壁ポスターと写真なんか撮っちゃったりして。鑑賞後、泣きながら車を運転し帰路につく。よく事故らなかったな。

 

3月

スプラトゥーンにドンバマりする。が、一向に上手くならずイライラする。

FREEHUGS! 友人分も合わせて5公演当選する。財布が寒かった。

人生初のパーマをかけて毛が死ぬ。

残業をしまくる。その成果が出たのか社内大会で1位を取る。賞金3万円を受け取る。

 

4月

成人式の前撮りをする。振袖の動きづらさに辟易とする。

精神科に通い始める。

職場の先輩たちの痴情のもつれに付き合わされる。なぜか男性の先輩から相談を受けるが聞き流す。

9連休が始まったと浮かれて遊び呆ける。

 

5月

連休後半、4月の連休前半とはうって変わって引きこもり生活を送る。スプラトゥーンばっかりやる。

どうしてか連休最終日の東京初日から声が全く出なくなる。地元に戻ってきてからも治らず、計5日ほど休む。加えて咳と鼻水がひどくなりデカめの病院で診てもらったが原因が分からず、大した薬も処方されないまま寝込んでいたら1週間後くらいに急に治る。

つい3月にかけたばかりのパーマが鬱陶しくなり25センチほど髪を切ってショートヘアにする。「急に思い立って切れる長さじゃない」と引かれる。

Travis Japanにハマる。

 

6月

成人する。

2週連続でキスマイに会えることに胸を躍らせる。

名古屋1日目、松田元太くんからファンサをもらう。

福岡遠征で浮かれすぎる。出発前に空港のポケモンストアで金を使いまくる。出発前に荷物を増やす。ケバブとタピオカを食す。絶品すぎて涙を流す。1日目終演後、居酒屋で打ち上げようと考えたがどこも満席だったため悲しくコンビニでスミノフを買いホテルで晩酌する。2日目、開演までの時間で福岡のポケモンセンターに足を運ぶ。またしても荷物を増やす。飛行機の時間がまずいためFIRE BEATを聞かずに会場を出る。これが私の最後のFREEHUGS!となる。

 

7月

抱えていた精神疾患が爆発し、約1ヶ月の自宅療養を余儀なくされる。

埼玉から名古屋に遠征に来る友人を家に泊める。ご友人たちもまとめて送迎する。如何に混まずにプリクラを撮るか、現地での調達品と土産を安くさせるかを徹底的に考え抜き見事案内しきる。

新しい車を購入する。

毎晩泣き続ける。眠れない毎日を送る。起き上がる気力も出かける体力もないためひたすら布団の中で日が暮れるのを待ち、朝が来るのを待つだけの生活をする。食べることが困難になり、よくない痩せ方をする。

 

8月

考えすぎて埒が明かなくなり、考えることをやめはじめる。せっかくの休みだからやりたくてもやれなかったことをやろうと思い立つ。

髪を真っ赤にする。

購入した車で東京へ遠征する。どこへでも行ける気がした。

SummerParadise2019 Travis Japan公演にお邪魔させていただく。ファンの治安が悪すぎたためもう二度とジャニーズJr.の現場には行かないと心に誓う。

下旬より少しずつ職場に復帰する。約1ヶ月に渡り週3の半日勤務を続ける。

 

9月

健康診断に行こうと電車に乗るも生理痛が被ってしまう。朝飯抜き&駅までガンダをキメたため向かう途中の電車の中で貧血を起こして倒れる。健康診断を受けに行くのに全然健康ではなかった。

トラさんのDVDが発売する。部屋を真っ暗にして酒を飲みながら鑑賞しボロ泣きする。

折り鶴で死にかける。

第二次北山宏光表紙祭りが始まる。2冊ずつぐらい買っていたと思うが覚えていないし実質タダ。

 

10月

自担がan・an初単独表紙を飾る。10冊購入したが実質タダ。

それ以外は特になし。

 

11月

本当に特になし。

 

12月

ついに通常通りの勤務に復帰する。しかし水曜日になると突如として体調を崩してしまうという奇病にかかる。水曜日に魔物が棲み始める。

わざわざ隣の県まで出かけないと買い物ができない奇病にかかる。近場での買い物だと出かける気力も湧かないし買う量をセーブしてしまうため、苦肉の策として遠出での買い物を始める。燃料費が痛い。

精神病ってこんなもん

私は精神疾患と闘っている。今どき精神疾患なんて珍しい話ではないと思うが、今後自分にとって過酷な闘病になると思うのでその始まりとしてこの記事を書こうと思う。

 


私がきちんと“精神病”だという診断を受けたのは今年の7月の終わりごろ。あくまでも暫定的な病名は「適応障害」だった。当然だが怪我のように突然発症したわけではない。「かねてより心に抱えていた爆弾が満を持して火を噴いた」のである。

 


しかし今通院している病院に受診し始めたのは4月のことだし、私がこうなってしまった事の発端は今からさかのぼること6年前。プライバシーの観点から詳しい経緯についての記述は差し控えさせていただくが、私は6年間も精神的苦痛を放置していた。正しくは気づかなかった、あるいは異常が起きても自分は大丈夫だと思い込み続けていた。
異常起きてんじゃん、なんでその時に気づけなかったんだよ。言いたいですよね、わかります。私でも言いたい。でも自分は平気だと思っていた。まあいつものことだし、みたいな。


具体的に「異常」というのは

  • 朝起きた瞬間から胃痛・吐き気・胸やけがする
  • 午後になると必ずとんでもない頭痛に襲われる
  • 慢性的な睡眠障害

 

こんなのは日常茶飯事。正直今でもあるしこればっかりは薬でしか解決できない。
実際私の身に起こったこととしてさすがに異常だと感じたのは、高校一年生のころ毎朝泣きながら電車に乗って学校に行き泣きながら電車に乗って学校から帰っていたことと、社会人になって4か月ほど経ったころ、ある朝起きたら全身にマグマが噴き出たような蕁麻疹が出たこと。このふたつは絶対に忘れないと思う。
これだけ異常が出ていても精神科へ行かなかったのは「まさか私がそんなわけないだろう」と思っていたからだ。さすがに蕁麻疹が出たときは皮膚科へ直行したが精神科へ行こうとは思わなかった。本当はストレスからきていると薄々勘づいていたのに見て見ぬふりをした。だってそんなわけないんだもん。

 


原因は気にしすぎてしまう性格と自分自身で勝手に上げ続けるハードルによって自分の首を絞めてしまうことにあると自己分析している。
気にしすぎる性格のせいで他人に言われたことを気にして、他人からの評価ばかりを気にする。自分はいい子でいなければいけないという無意味な自己認識。それらが私の意志を殺し続けていた。本当は私はこうしたいんだという意志は無意識のうちに捨てていた。
自分自身で勝手に上げ続けるハードルは一番私の身体をむしばんだ。たとえば学生時代。私は言うほど頭がよかったわけではない。普通に商業高校に通っていた。毎回テスト週間は勉強しなかった。だから親にも「勉強しないとヤバいんじゃないの?」と言われた。だからテスト返却のときはヒヤヒヤしていたが、毎回点数は平均以上で順位もぼちぼち。テストを持って帰ると「あんたはもともと勉強できるから」と親に言われたが、もともと勉強ができる人なんてこの世に存在しない。じゃあなんで?と思い、自分の行動を思い返した。私は授業のうちですべてを済ませていた。先生の話した内容を一言一句聞き逃さず、問題を解く時間には別の問題集を加えてやっていた。自習の時間はかなり勉強していたと思う。だからその分、帰ると力尽きてしまい家で勉強ができないのだ。そのせいで親には「勉強しない子」として映っていただろう。
検定や資格の勉強ももちろん怠らなかったから欲しかった資格はすべて取ったし、取るつもりのなかった国家資格も取った。
でもそれらは私にとっては「出来て当たり前」のことだった。だって平均点なんて取れて当然、授業中に寝るなんて言語道断、みたいなことを思っていた。むしろ物足りなささえ感じていた。今思えば人間の脳みそのキャパシティなんて人それぞれで、私が出来る限界はそこまでのはずなのにそれでは足りなかった。だからと言ってそれ以上何か出来るわけでもないのだが、他人より出来が良くても自分が最底辺だと思っていた。今も思っている。

 


私は、自分が頑張ったことを自分で「努力」と認められないのだ。


社会人になってそれはより加速した。学生にはゴールがあっても、社会人にはゴールがない。新入社員のころは「今日失敗したことや反省点は次の日には必ず克服しよう」と口癖のように言っていた。今考えると異常だわ。当然業務内容の飲み込みも早いから「仕事ができる子」として認識される。次々と仕事を回される。断れないから無意識に自分を追い込む。そして壊れる。

 


私の辞書には「自己肯定」という単語も「適当」という単語も載っていない。


正直なところ精神病なんてものは本人にしかわからない。他人から見たら元気でも本人は全然元気じゃない。そもそも元気か元気じゃないか、本人もわかっていない。だから“病気”なのだ。
人間の身体は機械のように異常が起きたらエラーとしてお知らせしてくれるような機能を搭載していない。自分の異常には自分で気づくしかない。そう、それが出来ていたら苦労しないんだよ。
人間の心のキャパシティは10人いたら10通りある。ある人にとってはかすり傷にもならないことが、別の人にとってはこの世の終わりになるかもしれない。だから私は「そんなことで悩んでいたの?」という言葉が大嫌いだ。他人のはかりで私を量るな。そういう気持ちでさえ自分の中に押し込んでしまうから解決しない。本音なんて、もうどこにあるかさえ自分自身でもわからない。


つまり私は誰かの人生の端っこを生きるのに必死なのだ。誰かによく見られたい、そのためには誰かと同じでいてはいけないと今でも強く思ってしまっている。私が今まで作り上げてきたアイデンティティは「誰かによく見られるためのアイデンティティ」であって、決して「自分はこういう人間なんだ」と表現するものではないのだ。

 


かと言って、今まで誰かの人生の端っこを一生懸命生きてきた人が今さら世界の真ん中を歩けなんて言われたってそう簡単に出来やしない。

 

 

でもそうやってセルフサービスで苦しみ続けて何が生まれるのだろうか?私は何がしたいのだろう。どうしたいのだろう。見失い続けて答えは出るのか?

 

今までの私の生き方や考え方では答えなど出るはずがない。「自分が生きている他者との世界」と「自分が生きている世界」が交わって初めて答えが出るような気がしている。

 

 

周りが全く見えなくなって自分の世界の中だけに視界が限定されることがしょっちゅうあるけれど、そんなときこそ他者の心の温かさに触れるべきなんだと思った。私が勝手に創り上げた世界の外は、私が思っているよりも優しいことに気がついた。
前も言ったけれど私はそういう位置に私を置いてくれる環境を当たり前だと思わずに、きちんと感謝できるような人になりたい。

 


私が今するべきことは、少しでも自分を認められるようにまず自分のいいところを認識することと、他者と自分を比べて悲観したり「私よりも醜い人間などいない」と諦めて安心しないことだと思う。前に進むためには大きな一歩だと思う。高すぎるハードルかもしれない。でも何が起きても「まあなんとかなる」と思うところから始めたら何か変わるような気がする。

 


自分の状況が見えなくなったらダメなんだと、お医者さんも言っていた。今のうちに思ったことを記しておいて、失念しそうになったらきちんと逃げずに読み返したいと思う。そうして自分の存在価値を少しずつでも認めたい。いつか世界の真ん中を歩けるようになるまで。

FlamingoからHUGTIMEまで 彼らの生きた軌跡

これまでこれに関する記事・ブログを多く読んできました。大体の筋書き、内容、どれもとても素敵なものばかりで4つの曲どれを聴いてもイントロから死にかけることが多くなりました。

 

そんななか、私も自分なりに解釈を深めたくて考察をしたのですがあまりにもしんどくて途中で投げ出したくなりながらも必死に書いたのでここに残しておこうと思います。

 

 

内容はすべてエクセルに殴り書いたものをコピペしているので誤字脱字、分かりづらい日本語があればこそっと教えていただけるとありがたいです。まとまりがありません。かなり細かく考察したので長いです。歌詞に対して疑問に思ったことも消していません。後で解決してます、たぶん。

人によっては脚色しすぎに見えると思いますが、あくまで私の中で出来上がったストーリーですので一つの解釈として受け取っていただけたらなと思います。

 

 

 

Flamingo

全体で考えてもこの曲が一番分かりやすかったです。どの曲よりも早くまとめられました。それぐらい分かりやすいです。だからこそYummy!!の蜃気楼からこの曲へのくだりは初めに戻るという点では確実に走馬灯としての役割を果たしていると思います。

 

 

yeah, ha ha Can u feel it? yeah…

It’s the Color in my Heart, it’s the Color in my Heart

目の前の広がり Can u see it?

 「僕の胸の中の色、君の目の前に広がる空に浮かべたら君には見えるかな?感じられるかな?」

いかにも自信なさげな表現。

 

傾く陽のSilence 君の隣なら 永遠を超えTimeless 踊っていたいな

永遠とは既にTimelessなのでは?それを超えてまでも一緒にいたいと

 

関心のない素振りして 手を振り返した ほろ酔いでも 伝えられないまま

あくまで自分は彼女に興味のないふり。本当は伝えたい想い、色、それさえも酔いに任せても伝えられないまま帰そうとしている。けれど彼女の何に関心があるのだろうか?

 

柔らかくグラスに弾け飛んだ シャンパンのような Ur Smile

パートが分かれているからどこで切り離すかの判断が非常に難しいところ。グラスに映った彼女なのか?それともただのシャンパンのような笑顔?どちらにせよシャンパンの泡には「幸せ」という意味があるらしいので幸せを具体化したような君の笑顔、という意味?

 

人目を気にせず 今夜明かしたい The Color in my Heart

今夜自分の気持ちを伝えたい(ここ地味に重要です)

 

 

Come on, come on, say it one Line

「その一言を言ってよ」なのか?「その一つのライン(境界線?)を教えてよ」なのか?どちらにせよ彼女は何かを隠している。主人公もそれに気づいている

 

今更踏み込めない Border Line

この歌詞だと前出の二択は後者の方が当てはまるような気がする。分かっているけれど踏み込んではいけない領域。

 

Hurry, hurry, don’t waste ur Time

けれどそれを教えてくれなければ彼女の時間は擦り減っていくばかり。というか、急がなければいけない理由がある?ここの歌詞、別に「don't waste our Time」でもいいはず。あえて彼女の時間に焦点を当てているのだとしたら?

 

一線を超え 羽ばたこう Tonite

今夜すべてさらけ出そうとしている?お互いの言わなければならないこと、今夜どうしても言わなければならないのか?

 

そっと yeah, 出逢いDay oneから ずっと巡る Day dreams of LUV

直で訳すと「出逢ったその日からずっと巡っている恋の白昼夢」。辞書によれば白昼夢とは昼間に見る夢に似た空想のことだそう。現実世界で満たされないことを補おうとする空想、幻想のこと。二人はそばにいながら叶わない恋をしている。

 

ほろ苦いプライドを噛み殺せば 遠ざかる Sweet & Bitter

プライド?遠ざかる?謎が多すぎるここの部分。何か守っていなければならない感情、事情がある?噛み殺すとは?文字通りプライドをなくすという意味だろうか。プライドをなくしたら甘い感情と苦い感情が遠ざかる?あるいは、プライドをなくしても甘い感情と苦い感情が行ったり来たりするということなのか?

 

人混みかき分け 背を追いかけた The Color in my Heart, yeah…

ここも分け方が難しい。人ごみかき分け背を追いかけた(物理)ならば話は簡単につくのだがここまでずっと感情論精神論みたいな歌詞が続いているのに突然物理はないと思う。「僕の胸の中の色は君の背を追いかける」という意味だろうか。え、全然この恋成就しそうにないのだが。

 

 

片足立ち 拙いけど Flame in Gold (Fly to ur Sky) Flamingo この気持ち届け

片足立ち 拙いとは?ここまでずっと彼女を一途に想っていると思っていたのに読み手からしたら突然の自信喪失にしか捉えられない。片足立ちまではいいとして拙いとは?今にも倒れてしまいそうなのか?

 

 

yeah… 互いの立場を捨てされば We’re only HUMAN, We’re HUMAN

パーソナリティ, アイデンティティ, 彩り揃えずに BLEND IN, Jus’ BLEND IN

永遠の謎、立場。立場とは???二人の間に何の隔たりがあるというのか。

「互いの立場を捨てされば、僕らはただの人間じゃないか」

「何もかも揃えないまま、僕らはありのままの心で混ざりあおう」

 

育った色 そのまま FLY it, FLY it そう真っ直ぐ巣立つよう WithOUT LIES ah…

嘘なしでとは?もともと嘘をついていなければいいのだが、これまでの関係に嘘が含まれていない可能性は0ではない。

 

大空に身を任せるだけ 偽りには Kis-Good-By

やっぱり嘘ついていた。

 

 

溢れ出した熱の色 片足立ち 拙いけど

僕の気持ちは片足立ちで拙いけれど、

 

shhh…come here girl…

彼女に何かを言われかけた?私の個人的な見解だが玉森のパートからのshhh…があまりにも突然すぎる。何も言わなくていいから僕のそばへ来て。そう捉えられる。主人公が彼女に嘘をついていることはなさそうなので彼女がやはり何かを隠そうとしている。だがしかし前出の歌詞で主人公はその境界線を教えてほしいと思っていたはずだ。やはり彼女が隠している本当のことを知るのが怖くなってしまったのだろうか。

 

 

性格からしてフラミンゴは非常に臆病な鳥であること、危険が降りかかったときいつでも飛び立てるように片足で立っているということ。主人公は自分の気持ちを伝えるのに臆病になりつつも、もう伝えたい気持ちでいっぱいである。ただその「臆病」の中には伝えることが怖いという意味と、知ることが怖いという意味、どちらも含まれているような気がする。ならば例えば君の空を僕の色で染められなかったとしたら?片足立ちで警戒心の強いフラミンゴは飛び立ったまま逃げてしまうかもしれない。染め上げたい気持ちと、染められなかった場合を恐れる気持ち。その間で揺れる主人公の心情を「片足立ち 拙いけど」と表現したのかもしれない。

 

 

あくまでFlamingoは序章、問題提起に過ぎません。ここでは

 

  • 主人公は彼女に想いを伝えたいけど伝えられないこと
  • 彼女は主人公に対して何かを隠していること
  • 最初こそ主人公は彼女の隠していることを知りたがったが、いざ本当に打ち明けられそうになったときに言わせなかったこと

 

がわかります。

 

 

 

 

One Kiss

2曲目にして最難関。けれど気づきがあったときの感動としんどさは図り知れませんでした。そしてメロディーラインに対して歌詞があまりにも暗い。前後の曲と合わせて考察するためここがなければこの後何も繋がりません。

 

 

薄らぐ琥珀色 遠ざかるさざ波の音

琥珀色が薄らぐということは夕方から夜に差し掛かっている時間帯。さざ波とは一体?遠ざかるという表現は文字通り満潮になる時間帯ということなのか?それとも「心にさざ波が立つ」などという表現に用いられる場合の不安や動揺の意をもつものなのか?

 

君の声 ほど近くて 騒ぐ胸が世界かき消して

彼女の声を近くに感じている。ここで初出情報「世界」。世界とはなんだ?今後蜃気楼にも出てくるがこの「世界」の意味は一貫してぼかされている。もしかしたら彼女の存在そのものだったり?だとすれば全て納得がいく。蜃気楼に出てくる「やがて空は満ちる海と世界を包み込んだ」という歌詞はほぼ同義なのでは?とにかく主人公は満潮時刻が近付くと嫌な予感がしている。One Kissと蜃気楼で違うのは彼女が隣にいるかいないか。彼女は今間違いなく主人公の隣にいるけれど、どうにも胸騒ぎがする。そしてその胸騒ぎは彼にとっての世界、つまりは彼女の存在自体をかき消すものである。

 

Don’t go…

その不安に駆られて「行かないで」

 

誘うようにして You come & go… 揺れないで 行かないでよ

誘う?「誘うようにして」いるからはっきりと誘っているわけではないけれど、彼女は本当は主人公と一緒に行きたがっている?どこへ?さすがにcome&goは行ったり来たりするの意味だと思うが…

 

水を得た魚のよう  幼気に僕をからかうよ

ひょっとして実は彼女は本気だったのか?しかし主人公はからかわれていると思っている。彼女が抱えている背景が見えてきた気がする。二人の間には大きな隔たりがあって、それは決して彼には言えないものである。両親の反対や病気ならば隠す必要もないはず。おそらく彼女はなんらかの罪を背負っている。どうしても彼に言えない大きな罪、例えば人を殺めたとか。Flamingoで主人公がやけに急いでいたのはこの背景を知っていてなおかつ彼女に追っ手がいたから?

 

今夜こそ  逃さないよ

瞳を閉じて 約束を交わそう

 この曲の中では約束と誓いが対になって出てくる。約束は「僕のそばからいなくならないと約束してくれる?」という意味?誓いは「君が何を抱えていても僕は君のそばから離れない」という誓い?

 

 

One Kiss 触れそうな肩隔てる One Kiss 言葉捨て埋めたいスペース

やはり言葉をなくしたい意思。言葉だけではなくてここにはFlamingoに出てきた「立場」も含まれていたりして。どちらにせよ彼はFlamingoで彼女から言葉や抱えているものを聞き出すことをやめている。

 

照れ隠し 進めない数センチの果て One Kiss One Kiss One Kiss “One Kiss”…

なんやねんこのダブルクォーテーション。意味分からん。

 

 

人のいない 暮れるビーチブレイク 不器用に砂と戯れ

いつもははしゃぐ二人が 今日は風に漂うばかりさ

 「今日は」に込められている意味は?今日だけの変化ならば、やはり彼女の様子はおかしい。本当は抱えていることを全て主人公に打ち明けようとしていたのでは?

 

今夜こそ 逃さないよ 口元で 約束を交わそう

言葉よりも行動で応えてほしいということなのだろうか。彼女が主人公に打ち明けたらどうなるか予測がついているから打ち明けないでほしいという意思の表れなのだろうか?Flamingoのときから思っていたけれど主人公くん彼女のこと見透かしすぎでは???

 

 

One Kiss 君への距離を阻む One Kiss その秘密までのディスタンス

君への距離を阻むその秘密までの距離????????????????????距離×2ってこと??????ハ???????????君はどこにいるの??????????????もし仮に彼女の秘密を知ったとして、それでもまだ距離あるってことですか????????Where is 彼女??????????????????

 

閉ざされるの恐れた 数秒が果て One Kiss One Kiss One Kiss “One Kiss”…

閉ざされるとは?少なくとも彼女は彼に打ち明けようとしているはず。だからやはり彼女の方から姿をくらまされることを恐れているのだろうか?この関係を閉ざされることを恐れているのか?数秒が果てとは?????さっきのは数センチ「の」果てだったのに。数センチの先に、という意味だったのに。こっちでは数秒「が」果てになっている。だからやっぱり彼女の存在がなくなること自体が彼にとっての終わりを示しているんだと思う。はて???????????????(くだらん)

 

 

横目に見る君は 手がとどくはずなのに 白く昇る 月より遠く One Kiss away…

手がとどくという表現めちゃくちゃ安心するな。ちゃんと彼女が生きていることが証明されている。でも「One Kiss away」と言っているということはキスさえもさせてくれないということなのだろうか。彼女は言いたいことを言わせてくれなくて、主人公はキスをさせてくれない。お互いに言いたいこと、したいこと、全てがすれ違っているような感覚。

 

 

“One Kiss”…約束 “One Kiss”…

なんだこれ!!!!!???????え!???なにこれ!!??こんなの知らないんだが。今までずっと普通の「One Kiss」だったのにここだけまるっとダブルクォーテーションの「“One Kiss”」になっている。一貫して呼びかけるような言い方のときにダブルクォーテーションを使っているのかと思っていたのにここだけ違う。ネットで検索して引っ張ってきた歌詞だから間違えたのかな?と思って実際の歌詞カード確認したけどやっぱりダブルクォーテーションだった。3回繰り返してもちゃんと歌詞カードには書いてあったのにここではダブルクォーテーションの一つのみっていうのも不自然すぎる。何の意味があってダブルクォーテーションなのか?

 

f:id:wotakuchang:20190923005359p:plain

 

 

引用符としての開始および終了という額面通りの意味として捉えるならば何の解決にもならぬ。引用として使ったのであれば主人公ではない誰かが表現した、あるいは実際にそうしたということになる。でも誰が?彼じゃないとしたら誰が?本当に解決していかない。

たぶん、本当に開始および終了という意味だと思う…。最初で、最後のキス。えっしんどい。だけどそれが一連の流れにどう関係しているのかがいまいち分からない。なぜこのタイトルなのか、最初で最後のキスは果たして出来たのか。全てが謎すぎる。この曲めっちゃ難しい。

 

 

主人公は彼女が過去に何か罪を犯してしまったことを知っている。彼女は本当はすべて打ち明けようとしていた。しかし主人公がそうさせない。主人公は彼女がどんな過去を持っていても彼女のそばにいると誓える。だから彼女にも自分のそばにいると約束してほしい。彼女はそんな彼の優しさに心を痛めていたのでは?過去にした罪の存在を知りながらそれでも自分といてくれる。しかし犯罪者の自分と一緒にいると彼もよく言われないことは彼女にだって分かっていた。だからどこかへ逃げたかった。けれど自分には犯罪者という名がついて回る。それぐらいならいっそ二人で…と考えていたのではないか?

シンプルに一度のキスで愛を誓うなどという曲だったら幸せだった。けれど本当にキスを交わせたのかどうかも分からないし、ただ単に幸せな曲と呼ぶにはあまりにも含みが多すぎて正直しんどい部分がある。けれど曲の最後が「誓うよ One Kiss」で締められているように、主人公にとってこれは決して結ばれることのない二人の仮の結婚の形だったりして…。本当のことを明かして二人で同じ場所へ旅立ちたい、簡単にいえば心中したい彼女と、それを知りながら二人で生きていくことを望む主人公。お互いに好きなのにどうしようもなくすれ違うもどかしさがある。

 

 

 

蜃気楼

もう嫌だ(泣)この曲のことを一番考えたくなかった。本当に考えたくなかった。理解が進めば進むほど胸が痛くなった。

 

 

雑踏を抜け 海際へ Slip away

まず最初に、結局彼女はおそらく彼の幸せを願って一人で旅立った。何も言わないで行ってしまった。時間ももうなかったのだろう。ここの歌詞は彼ではなく彼女のこと。雑踏とはFlamingoで出てきた人混み。主人公がずっと追いかけていた彼女の背は主人公が追い付く前に海際へ行ってしまったということ。

 

波音が遮るノイズ 「二人きりみたいだね?」

そして主人公の感情は完全に壊れてしまった。バグってしまった。頭の中で反芻する思い出たちは波音によって蘇ったもの。かぎかっこに入った台詞は限られているので彼女に語りかけた言葉だと思われるが、まるで自分に言い聞かせているみたいだ。

 

あの笑顔を “幻” へと連れ去った

嘘みたいに 早い夏の終わり

 またダブルクォーテーションだ!!彼らの関係は始まっていなければ終わってもいない。そういった意味では主人公にとってこれまでの時間は幻の始まりと終わりなのかもしれない。

あとずっと思っていたこと。ここの表現2番もそうだけどまるで夏が生きているみたいだよね。擬人法使ってるから当たり前なんだけど。彼女はもう死んでしまったのに夏はまた来年もやってくる。なんて残酷なんだろう。

 

眼を閉じれば すぐ蘇るけど

サヨウナラを交わす間も無く You come and go…

 ある日突然姿を消した彼女。ただ、来て、行った。一緒にいた時間はまさしく“幻”。

 

 

色褪せていく フラッシュバック 両手で抱き留め

フラッシュバックする景色、時間、彼女の背を追いかけていた彼の胸の中の色、その全てが時間とともに褪せていく。

 

あぁ 消えないで 消えないで 身勝手に No

主人公は彼女がいなくなりたがっていたことを知っていた。だから「消えないで」とか「No」という言葉は身勝手だと思っている。

 

微かに残る 気配も奪いながら Don’t go

主語がない。誰が、あるいは何が気配を奪っているのか?

 

宙を迷うように 探しても 蜃気楼

主人公には彼女が蜃気楼として見えているなら、気配を奪っているのはその蜃気楼なのではないか?

 

 

沖に浮かぶ “幻” Take me away

いつか消えてしまうと分かっていても、自分も連れて行ってくれと幻に願わずにはいられない。

 

あの日残した足跡は あるはずもないよね?

ここも1番と同じく自分に言い聞かせているよう。けれどかぎかっこがないためより自分に対しての意が強くなっている。彼女はもういないから。

 

眼を閉じれば いつも一緒だけど

おかしいな???????あれだけ自分に言い聞かせていたはずなのにより彼女を近くに感じていないか????????なんで?????????どう考えてもおかしい。まさか主人公の気持ちはもう彼女のそばにあるのか?だとしたら。

 

 

あぁ 行かないで 行かないで 呆気なく No

この「呆気なくNo」はどう考えても彼女から彼に対してのNoだよな…。彼のためなら命をも惜しくないと。

 

波に溶けながら 逃げていく 蜃気楼

彼女の真意に気づいていたからこそ主人公には蜃気楼が逃げるように映っているのかもしれない。

 

 

やがて空は 満ちる海と 世界を包み込んだ

満潮時刻、One Kissのときに感じた胸騒ぎ。あの日確かに隣にいた世界、つまり彼女の存在自体は今は蜃気楼となって夜の闇とともに満ち潮の中に消えた。

 

「眼を閉じるだけで すぐ逢えるよね?…」

この三点リーダー意味深すぎる。いや、こうして彼女に語りかけている時点で主人公の中では覚悟が決まっていたのかもしれない。もうあとは、眼を閉じるだけですぐに逢える。

 

当たり前のように 明日も Fall upon me 暖かく陽は昇る

当たり前のように明日も「落ちてくる」のは暖かく昇る陽の光。主人公の心はすでに彼女と同じ場所、つまり海の中にあるのかもしれない。

 

 

蜃気楼 Please don’t go…

消えないで、行かないでと願った蜃気楼と自分を永遠にするために自ら彼女のもとへと行った。

 

 

とにかく主人公の感情思考その他もろもろが完全に壊れている。彼女がいない世界は主人公にとってはもはや世界ではない。彼女のことを愛していて、彼女のことを理解していたからこそこの運命を選んだように思える。本当に彼女が彼に対して自分を忘れて幸せになって欲しいと願っていたのならば主人公は自ら命を断つことはしなかっただろう。すべてはお互いを想いあってのことだったのだと思う。

 

 

 

HUGTIME

 

wotakuchang.hateblo.jp

 

非常に申し訳ないのですがこちらに全て書かせていただいていますのでこの記事を読んでからもう一度こっちの記事に戻ってきていただけるとありがたいです…。本当にお手数掛けてすみません。今回のこの記事を書くにあたって少しだけ書き直した部分や追記した部分もありますのでそれも合わせて過去にお読みいただいた方にももう一度読んでもらいたいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

過去最高の長さになりました。前にツイッターでFlamingoは片思い、One Kissは両想い、蜃気楼は死別、みたいなのを見たんですがどうしてもOne Kissが幸せそうに聴こえなくてずっともやもやしていたんですよ。しんどいからまともに考えてこなかったっていうのが本音なんですけどこれだけ細かく紐解いてみてやっと自分の中でこの4つの曲が一つのストーリーとしてスッと受け入れられたというか、ああこんなに主人公は彼女のこと愛してたんだ、とか、彼女ってこんなに奥ゆかしい人だったんだ、と気づけました。だってシンプルに考えて、蜃気楼での主人公病みすぎだもん。もし例えばOne Kissが幸せいっぱいのストーリーだったとしたら彼女を追いかけて死ぬなんて悲しい結末ありえるの?ってレベルだったし、普通なら彼女がいなくなっても心の中で生き続けているから彼女の分まで生きていこうってなるんじゃないの?って思っていました。歌詞に含みが多すぎてそうならないから難しいんですけどね…。

 

本当に申し訳ないのがHUGTIMEの考察がめちゃくちゃ雑なことです…。あのとき勢いで書かなきゃよかったと今更後悔していますが当時の私はあれ以上の語彙を持っていなかったし、今から書き直す気にももはやなれないのであれで勘弁してください…。

 

 

 

 

 

気づいたら9000字超えてました。半分くらい歌詞ですが。長いのにここまで読んでくださってありがとうございました。これを超える長さのブログは今後書けないと思います。

折り鶴奮闘記 2019.9.17

まずは北山宏光さん、34歳のお誕生日おめでとうございます。北山くんが生まれてきたことは奇跡、そしてたくさんの人にとっての光です。これからもそのお名前の通り、広く光を与え続けてください。私たちの光でいてください。本当に本当に大好きです。北山くんにとっての1年が素敵な時間になりますように。

 

 

 

なんていう前置きはいいんだもう。この地獄を語るにはあまりにも綺麗すぎる前置きである。

 

私が北山くんの誕生日に鶴を折ろうと思ったのは北山くんの誕生日から数えること9日前。私も他の方がやっていらっしゃるようなお祝いがしたかった。カラオケやホテルで飾り付けをして…みたいな。でもそういえば私は飾り付け下手だし風船とか一人で持って帰るのやだしゴミ増やしたくないしっていうのが本音だったことを思い出した。

私なりに、北山くんの誕生日をお祝いしたい気持ちを表現する方法は何か。そこで思いついたのが折り鶴だった。

 

 

ここからだ、私の地獄が始まったのは。

 

 

私が使う折り紙は15cm四方の折り紙を16等分したものだ。不器用な私はハサミやカッターを使うと間違いなく失敗するので全て手作業でちぎる。紙を切る作業だけで時間がかかるし肩も凝るしすぐ死にたくなった。しかも完成した鶴を見るとそれはまあ小さいわけで。実際は15羽ぐらいあるものが一見すると5羽ぐらいにしか見えない代物だ。これが何度も私の心をへし折った。見るたび見るたび全然出来てないじゃんと泣きそうになる。でも実際数えると30羽とかになってたりしてそれがまたメンタルを弱らせた。全く得した気分にならないから不思議だ。

 

 

 

9月8日

夜中。とりあえず思い立ったので作り置きがどれぐらいあったか確認。赤、黄、白が絶望的な少なさだった。紙だけは死ぬほどあったため紙をちぎるのはやめた。とにかく赤、黄、白から優先的に折り始めた。

深夜1時30分、ずっと赤だと思って折っていた紙に違和感を感じる。試しに普通の赤色と比べてみると完全にオレンジ色だった。体感的には既に50羽以上折っていたためその日はもう諦めて就寝。

 

 

9月9日

精神疾患のあおりで起きられず、上司に連絡を入れて午後から出勤。帰宅するも体が重くやる気が出ない。

するとここで自分自身に語りかける声が聞こえる。この折り鶴合宿における鬼教官だ。

「心が折れたら終わりだ!!」「これを折り終えるまでは寝かせん!!」

などと言ってくる。当然私の中の別人格なのだが、この教官がいたおかげで1週間頑張れたのも事実だった。こうして自分のケツを叩いてなんとか体感100羽折る。

 

 

9月10日~11日

もともと休みだったのだがやはり起きられず。とにかく布団から出られない。時間が経てば経つほど思考が泥沼化していくため何もせずにただ布団の中で日が暮れるのを待った。

11日は仕事だったが眠れなかったためオールで出勤した。昼休憩のときにはパートさんが少しだけ折るのを手伝ってくれた。感謝しかない。神だ。午後の仕事を休んで帰宅する。本来なら寝るつもりだったのだがやはり眠れない。そうこうしている間に家族が帰宅する。

夕飯を食べに外出し、食事が来るまでの待ち時間に折る。全然進まない。袋の中身を見ても200羽もあるようにはとても見えない。絶望するのが嫌で数えなかった。

22時、ようやく眠りに就いた。

 

 

9月12日

午前10時に目が覚める。週3勤務のため休日。ついに赤色の折り紙が足りないと気づく。買出しに出たついでにコルクボードやケーキの予約をする。鬼教官の怒号を無視して現実から逃げるようにコルクボードを作成し始める。とにかくもう紙を触りたくなかった。しかし楽しい時間はあっという間、ものの1時間半でコルクボードが完成してしまう。再び現実に引き戻された私はしかたなく折り紙と向き合うことにした。その日買った赤色の折り紙が色画用紙級に分厚い紙だったため指を痛める。めげることなく折り続けた。

 

 

9月13日

帰宅後、父と昼食をとる。当然のごとく待ち時間には折り紙。どこへ行くにも折り紙と一緒。お前はいつまでついてくるのだ。

 

 

 

ひたすら折り続ける夜。ついに心が折れた。ぽっきりと。

 

 

泣いた。折っても折っても終わらない。やっぱりやるって言わなきゃよかった。肩が壊れる。指紋が消える。死にたかった。メンタルが弱りに弱って、日付が変わって宮田くんの誕生日おめでとうツイートを見るたびに涙が出た。

 

 

そんなとき、ライブDVDを垂れ流していたテレビからGive me...が聴こえてきた。

 

 

 

「愛してるよ どんなときも」

 

 

 

そうだ。私は北山くんをいつでも愛しているんだ。すごい説得力だった。救われた。力が湧いた。深夜3時、夜明けに使うための紙をちぎって眠った。

 

 

 

9月14日

午前9時半起床。白を折るのをおろそかにしていたため大量の白い折り紙を折り始める。午後12時半、手元にある白色を折り終えたところでまたしても心が折れる。昼食をとったあとまた布団の中で時間が経つのを待った。

 

午後4時ごろ、母が「しかたないな~」と言いつつ赤色の折り紙を手にした。救世主が現れた。ところがまだ私のメンタルは回復しないため母に一任する。

午後7時、母の姿を見て心が動く。まだ折り目のついていない赤色の折り紙を大量に手にした私は、心の中にいたあの鬼教官を崖から突き落とした。あいつを殺さない限りは私のメンタルがボロボロになる一方だと思った。その代わりに、手にした赤色の折り紙を北山くんだと思い込んだ。そうだ、そもそも北山くんのためにやっているのだ。ここで投げ出してどうする。玉森くんだって言っていた。「出来る出来ないじゃない、やるんだよ!」と。母と二人で一生懸命折った。

 

午後11時半、ついに赤色が500羽を突破する。足りないときのためにと、私は赤色を折り続け、母はつなげる作業を受け持ってくれた。

しかしこの作業が思いのほか私たちを苦しめた。レイアウトから糸を通すまで、1本あたり30分前後かかる。700羽を通し終えたところで既に午前3時。15日は友人とパーティーをする予定であり、その日に間に合わせるつもりが、残り300羽を残したところで時間的にも限界が来てしまった。

 

 

9月15日

友人と二人でカラオケにて少し早い北山くん不在のバースデーパーティー敢行。そこに鶴はない。ケーキとボードでお祝いした。

 

 

しかし家に帰るとまさかの出来事が。

 

 

「出来てるよ」

 

 

母の一言だった。神だと思った。本当に神だと思った。天才だ。北山くんの誕生日まで1日残して完成した。しかも、私が思い描いていたレイアウトよりもすごかった。

 

 

f:id:wotakuchang:20190916205941j:plain

f:id:wotakuchang:20190916210549j:plain

f:id:wotakuchang:20190916210626j:plain

f:id:wotakuchang:20190916210635j:plain

f:id:wotakuchang:20190916210648j:plain

赤色が8本、メンバーカラー単色各1本計7本、白単色1本、7色ミックス3本、藤北1本

 

藤北カラーは母のアイデアだ。母には感謝しかない。間に合ってよかった。自分の力だけではなかったけれど、母がいなかったら今頃私は完成できていなかったと思う。完成できなかった悔しさと自分への罪の意識に苛まれていたことだろう。頑張ってよかった。私の気持ちを私なりに表現できてよかった。おかげで昨日は来年以降への準備を始めることができた。

 

 

 

本人に伝わることは決してない。でもコンサートへ行ったり映画を見たり雑誌を買ったり写真を買ったり、お金を出すこと以外で自分の気持ちを形にできたことは北山くんを応援する上でかけがえのない思い出になった。辛かったりしんどくなったのは完全に私の準備不足であるし、直前に思いついて見切り発車だったことに原因がある。今はそれも含めて良かったと思える。

 

 

来年は1632羽の鶴を、再来年は10周年にかけて9170羽の鶴を折る予定でいる。それ以降はまだ未定なため何かキリのいい数字があればそれにしようと思う。

 

 

 

改めて北山宏光さん、お誕生日おめでとうございます。たくさんの幸せが訪れますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠くから見て思ったが、1000羽ってショボい。鶴の大きさが主な原因だがインパクトに欠けるのでやっぱり1000羽以上でなければいけないな。