さあ答えを

馬鹿なヲタクの独り言

サ終してしまったゲームに思いを馳せる

サ終という言葉は、夢中になっているソシャゲがある人間にとってはこの世の終わりみたいな言葉ですね。

 

さて、私は学生時代にあんスタを始めてから同じようなゲームをぼちぼちやってきました。その中には今はサービスを終了してしまったゲームも多数あります。今日はそんなゲームたちについて個人的な心境を綴っていこうと思います。

 

 

 

1.B-PROJECT 無敵*デンジャラス

www.bprogame.com

2017年6月28日にリリースしたこのゲーム。私はもともとBプロ自体はゲームで初めて知って、それからアニメを見て曲を聴いて…という段階を踏んで好きになりました。友人が金城剛士のオタクで、やろうよと誘われて始めました。もちろん友人は事前登録からの人で、事前登録○○万人達成のアイテムをもらいたいがために人数稼ぎのつもりで私を誘ったんでしょうけどまあ類友ですのでまんまと沼に落ちました。

リリース直後からユーザーをざわつかせたメンテ騒動。アクセス集中でサーバーがダウンしリリース翌日の29日より緊急メンテナンスを開始、7月3日に至るまで継続する運びとなりました。

これには私の友人も『ごうちんにやっと会えると思ったのに』と憤慨のご様子でした。

 

そんなこんなで事前登録からプレイしていたのですが、初期のころと比べれば晩年は幾分かプレイしやすくなっていたなあと思います。ガバ判定だったりプレイしづらいUIだったりは解消されていたし、ガチャもそこまで渋くなかった記憶があります。

ハマってたといえばハマってましたが、盲目的だったかと言われればそうでもなかったです。サ終の報を聞いたときは『ついにか』という気持ちでした。それこそ本当にイベントなんかは課金しなくてもランキング上位には食い込めるし、ガチャもバースデー狙えば推しのレアは手に入ったので大丈夫かなとは思っていましたが、思ったよりもあっけなく、そしてあっという間にサ終の瞬間はやってきてしまいました。

Bプロ自体はゲーム原作ではないですし、楽曲・キャラクター・コンテンツ、どの要素を見ても素晴らしいなと思います。ただゲームのシステムなどに対する不満は少なくなかったです。いくら改善されたといえ不便なものは不便だったし、『キャラが好き』という気持ちだけでは続けられませんでした。

やっている期間はめちゃくちゃ楽しかったですけどね!

2.5次元の舞台を見たりグッズを購入したりそれなりにオタク活動してた記憶があります。ランキング上位も強パで殴るのも全部Bプロが初めてだったのでやりがいはありました。

Bプロはいいぞ。

 

 

2.アイ★チュウ

www.i-chu.jp

これは私の人生を2番目に狂わせたといっても過言ではないゲームです。

アイ★チュウのゲーム自体は形を変え今も存在するわけですが、私が大好きだったあのリズムゲームは新規サービスの提供を終了してしまったため、サ終ゲームとさせていただいております。

全部いい。本当にこのゲームは全部いい。リズムゲームの難易度は全体的にそこまで高くないし、ガチャの排出も悪くない。そして何より絵が綺麗!イラストレーターさん描き下ろしのレアカードを手に入れるために死ぬほど走りました。通学の電車の中は行きも帰りもアイ★チュウだった時期があるし、寝ても覚めてもアイ★チュウ漬けな生活を送っていました。

それぐらいに大好きだったゲームの新規サービス提供の終了はさすがに堪えました。戻る場所がだんだんなくなってしまう感じがしてすごく寂しいし悲しかったです。私の大好きな皐月くんと双海くんの新しい一面がもうこれ以上見られなくなるって思ったらすごく悲しくて、アプリを開けられなくなりました。

 

新しいアイ★チュウになって生まれ変わるって言われたって結局は思い出は目の前のデータに残していくことしかできなくて、皐月くんのイタズラを見守ったり、ニート(双海くん)に呆れながらも愛おしく思ったり、そんな楽しかった記憶をそこに封じ込めることしかできないのがつらかったです。

案の定統一絵柄の推しは好きになれなくてエトステはインストールしたもののすぐやめてしまいました。UIもシステムもA3!そっくりで(筆者はA3!に苦い思い出がある)、全然続けられる気がしなかったしもし続けたとしても辛いだけなのは火を見るより明らかでした。

出来ることなら、ずっとリズムゲームのアイ★チュウをプレイしていたかったです。

 

 

 

3.夢色キャスト

 

ycast.sega-net.com

このゲームは、私の人生を狂わせるはずでした。

 

私が夢色キャストに出会ったのが遅すぎたんです。もっと早く出会ってもっとたくさんプレイできていたら今こんなに後悔することは無かったかもしれません。

私が夢色キャストに出会ったのは2017年の秋ごろだったような気がします。

始めてすぐに橘蒼星くんに一目惚れして、そこからはもう毎日蒼星くんに会うためにアプリを開いていました。イベントを走れるほどカードが強くなかったのでひたすらガチャを回すために石を集め、楽曲をプレイする毎日でした。

キャラに一目惚れしたのが蒼星くんが初めてで、毎日が楽しくてまさしく恋としか言いようがなかったです。

残念なことにそれから三次元に推しや担当が出来たため開く機会は一時期に比べれば減ったものの、やっぱり好きなものは好きなので定期的に蒼星くんに会いにアプリを起動していました。

そんな中の、サービス終了のお知らせ。

感覚で言えば、付き合って3ヵ月しか経っていない恋人が突然死んでしまったような、そんな感じです。

今ドリショの写真とキャラのイラスト見て死にそうな思いで泣きながらこれ書いてます。なんかもう思うたびに心臓が抉られるみたいに痛いです。

 

一時期は本当に精神おかしくなって、録画したSKY BEATER(筆者が一番好きな楽曲)のプレイ動画を音と画面に合わせてタップして疑似的にプレイするっていう訳の分からない遊びをしてたこともあります。

 

未だに苦しいやら悲しいやら悔しいやらで全然成仏できてないんですよ、私は。私は蒼星くんとこれからもっとたくさん思い出を作っていくはずだったのに。

何言っても事実は変わらないんで考えることを放棄したりしてみたけど、やっぱりこうやって改めてきちんと言葉にすると心が痛くて仕方がないです。

 

 

 

 

どのゲームに関してもそうですが、やっぱりサ終するってなったら『自分の力が足りなかったんだ』って思いたくなってしまいます。自分がもっとプレイして周りも巻き込んでたくさん盛り上げられていたら、とかもっと課金していたらとか、タラレバばかり垂れて悲しくなります。

だけど辛いのは同じようにプレイしていた人たちも同じで、そうやって周りのA&Rだったりプロデューサーだったり脚本家だったりと同じ気持ちを共有して共感して、サービス提供中も終了後も消えないつながりを持ちながら心に輝かしい思い出を携えて日々過ごしているのかな、と思うと少しだけ救われた気持ちになります。

 

思い出はただの思い出として、なんてことは出来なくても、分け合える誰かがいるということを忘れずにという自戒でありました。

 

 

 

私とあんさんぶるスターズ

作文です。

 

私とあんさんぶるスターズの出会いは5年前にさかのぼる。

当時高校1年生だった私はニコ動で活動している歌い手さんが好きだった。私は特段二次元が好きというわけではなかったが嫌悪しているわけでもなかった。しかし、歌い手さんを好きでいると周りの子たちは自然とオタクが多くなってくるわけで、話はどうしても二次元の界隈に寄りがちなのだ。そういった環境に馴染むためにもある程度二次元の知識はあったほうがいいという理由からその当時しょっちゅう広告に現れていたあんさんぶるスターズ!に興味を持った。

理由にもならないような理由で始めた私は最初に選べるキャラクターを誰にしようか悩んでいた。私はなぜか当時『卍黒髪は正義卍』みたいな思考をしていたので、朔間零と朔間凛月ですごく悩んだ。かわいい子がいいと思って凛月くんを選んだ。

 

ギャップありすぎて泣いた。

 

いや立ち絵からやる気なさそうな雰囲気は出てたけど。多少ぶりっ子してくれるのかと期待してた私は悲しくなった。凛月くんが嫌いなわけじゃない。かわいい。分かる。

私の、タイプじゃ、なかった。それだけなのだ。

 

出鼻をくじかれた私は涙目になりながらあんスタをぼちぼちプレイしていた。

 

そして出会った。

 

鳴上嵐に。

 

 

まさか私がオネエキャラにハマるなんて。なにもかもがかわいい。声も顔もセリフもかわいい。ジャニオタしかしてこなかった私が、アプリを立ち上げればすぐに会えるアイドルにハマった。

 

 

しかしハマった度合いで言えば、それはもう手の指の第一関節を沼に入れたぐらいで、すぐに引き返せてしまうものだった。

実際、私は桜フェスから執事喫茶ぐらいまでしか続かなかったのだ。

 

プレイの仕方が分からなかった…。今思うと情けないのだが、私は16年間生きてきてソシャゲなるものをやったことがなかった。リア友にオタクがいなかったので教えあうことも出来ず。イベントをやりたかったのに走り方が分からなかったため楽しむことが出来なかった。

 

私はここで一度あんスタをやめた。

 

 

始めた理由があれなら、辞めた理由も至極くだらない。とんだゴミカスだ。

 

 

 

それから8ヵ月後、私は再びあんさんぶるスターズ!をやっていた。

意味が分からなくないか?出戻った理由は私にも思い出せない。だが出戻ったときに開催していたイベント自体は返礼祭からマリオネット辺りだったから、嵐ちゃん推しの私にとってはだいぶウハウハな感じだった。

もっと意味が分からないのは、やり方が分からなくてあんスタをやめた私が8ヵ月の時を経て誰の助けも得ずにイベントを走れるようになっていたことだ。やめていた期間に別のソシャゲをやっていたわけでもない。意味不明すぎる。

 

そんなこんなで本当の意味でちゃんと楽しくあんスタをプレイできるようになって、クラス替えがあった。

新しいクラスの子たちはみんなオタクだった。話が盛り上がって盛り上がって仕方ない。15:00になったら次のイベントやスカウトの情報をこぞって見たり、学校帰りにみんなでアニメイトに寄り道したり。なにをしてても楽しかった。私も周りも芋臭いオタクだったけど、高校生ってだけで何でもできる気がしたし、共通の話題で盛り上がっている時がどんな時間よりも大切で楽しかった。

プリンシパルのとき嵐ちゃんの☆5を取るために本気を出しすぎて数学のテストで赤点を取った。そんなのも今ではいい思い出。

 

しかし今度のブーム(と呼ぶことにする)は意外な形で終わりを迎える。

 

ある日登校していたらうっかりスマホを地下鉄の駅の柱にぶつけて落としてしまった。画面は割れることはなかったが、中の液晶が漏れ出してとても画面を認識できる状態ではなくなってしまったのだ。当時Androidを使っていた私は修理に出すにあたってデフォルトアプリ以外のアプリの削除を余儀なくされた。慌てていたこともあり、バックアップを取り損ねた私はあんさんぶるスターズ!のプレイデータを手放すほかなかったのである。

 

そうして私とあんさんぶるスターズ!の2年間に及ぶ歴史は幕を下ろしたのである。

 

 

その後、界隈を二次元から2.5次元、三次元のアイドルへと変えた私はあんさんぶるスターズ!に触れる機会がまったくと言っていいほどなくなってしまった。思い返してみればそうなるのも仕方ないのかもしれない。はっきり言ってしまえば、自分が二次元にハマるきっかけになったのも、テストで赤点を取ってしまったのもあんスタのせいだからである。

特に界隈を三次元のアイドルに変えたころからはアプリは入れてあるもののログインするのは気まぐれなときで、ほとんどやっていなかった。どうしてもストーリーが読みたいとかカードがほしいというときだけちゃんとやるぐらいだ。データ自体は0からのスタートだったからすごく弱かったけど。

SSのときは本気出した。

 

それも高校生までで、社会人になってからはアプリをインストールしていたことすら忘れてしまっていたぐらいの存在になっていた。

 

 

 

 

そんな私が約2年の空白期間を経て今、高校2年生のあの赤点を取ったころ級にあんスタにハマっている。しかも今は財力がある。財力を手にしたオタクを止めるすべはない。

高校生の頃はバイトも出来ず課金なんて夢のまた夢だと思っていたのに、今は何だ。月に課金とグッズでどれだけ使ってる?高卒の給料だぞ?下手したら生活できなくなる。ああ怖い。考えたくない。自制できないならオタクするなよと思うが、止められるもんなら止めたいくらいだ。

また職場の先輩があんスタにハマってくれて、共通の話で毎日盛り上がれるから余計離れ難くなっている。もうお前は友達を作るな。

 

 

 

なんだかんだでリリース当初から5年間くらいずっと二次元はあんスタなわけです。お金は無くなるし、ガチャは出ないし、イベント走ろうと思ったら結構な体力使う(ゲーム的にも物理的にも)しで辛いことの方がどっちかと言えば多いけど、推しキャラが好きという感情だけでここまでやっていけるゲームもなかなかないだろう。

 

 

 

今後はちゃんと自制しながらプレイします。

私は一体いつまで目を背け続けるのか

そろそろ向き合わなければならない。見ないようにしているだけではいけない。分かってはいてもその気になれないのはなぜなのだろう。

 

 

ご都合主義限界オタクは路頭に迷っている。この頃のジャニーズについていけないのだ。

ついていけないから『ジャニオタを休んでいる』ことに対して後ろめたさを感じている。好きなのについていけないのが苦しい。それでも周りの友達はちゃんとついていっている。自分だけ取り残される。

 

 

でもそれでもいいと思っている自分もいる。自分の気持ちに堂々と正直でいる方が楽だ。

 

ジャニオタとしての私は今ほとんど機能していない。この前ちらっと襟足を切った北山くんを見て爆沸きしたぐらいだ。テレビもラジオも配信も何もかも追っていない。To-y2の公式写真も買わないといけないと思いつつも、オンラインショップを開こうという意志すらない。絶対に後悔するからいずれ買うけど。でもキスマイに使っていた分のお金や、これからキスマイに使う分のお金は当分は少しでも別のところに使いたいと思っている。

 

こうして気づいたのは、やはり私は現場至上主義なんだということ。コロナウイルスなんてものがこの世に存在しなくて、ちゃんと予定通り現場があったら絶対にこんなことにはなっていなかった。でも今の状況からすれば『コロナウイルスがなかった』世界線の自分を思い描くことすら難しい。だってどう考えたって、これからの未来は今までと同じような生活を送ることはまずは出来ないから。コロナウイルスのせいでほとんどの生活様式は変わってしまった。そんな中で、コロナウイルスが収束したからと言って今までと同じようにライブが開催されるだろうか。

 

未来は分からない。もしかしたら来年には去年と同じような生活が送れているかもしれない。だとしたら最高だ。来年には私の大好きなキスマイに会える現場があるのなら、それが確約されるのであれば私は今から準備しよう。

 

そんな未来、誰が約束してくれる?

 

私は約束されない未来よりも確実に手に入る今が欲しい。

 

私は古い人間だから新しいものや新しいシステムに飛び込んでいくことには抵抗がある。既存のものにこだわり、凝り固まった思考に蔓延る害悪オタクだ。そうだ、もういっそそれでいこう。

 

 

私は追いもしないのに図々しくも『キスマイが好きだ』とオタクを名乗る害悪だ。それでいい。

現場がないことでモチベーションが一気に落ち込んでしまった。簡単に言うとそれだけのことなのだが、この環境に知り合いがいる以上は誤解を招きたくない。

 

私はこれからもいけしゃあしゃあと涼しい顔でキスマイ担を名乗り続けよう。また大好きなキスマイとフォロワーさんに会えるその日まで。

推しと推しについての話

まず最初に言っておきます。この記事には特定の固有名詞や個人名がガンガン出てきます。分からない人が読んだら「コイツ宇宙語しゃべっとんのか?」となってしまうと思います。今から私がこの記事の結論だけ書くので最後まで読みたくない方はそれ読んだら帰ってください。こんなゴミみたいな記事を読む価値はありませんので。

 

 

 

 

 

 

アイドルって最高‼️‼️

アイドル大好き‼️‼️

推しくん大好き‼️‼️

推しくんかわいい‼️‼️

 

 

 

 

以上が結論です。ありがとうございました。

ここからはようわからん宇宙語をつらつらと書き連ねますので、結論だけで結構という方はお帰りください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう大丈夫ですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大丈夫だと信じて書きます。

 

 

 

 

これを書いている筆者はゴミカス新規であり、絶賛幸せ絶頂期なため『推しは生きてるだけで可愛い、尊い』という考えのもとこの記事を書いております。絶対にあとで読み返して恥ずかしくなるやつ。

 

 

私はあんさんぶるスターズ!(以下あんスタ)が非常に好きでリリース当初からプレイしております。途中プレイしていなかった期間がわりと何度もあるものの、ここまで長く続けてプレイしているゲームはポケモン以外にはあんスタぐらいです。

 

50人以上いるアイドルの中には当然推しがいるわけで、私も2人推しがいます。

 

そのうちの一人、私の最推しであるアイドル。

 

 

 

逆先夏目くん。

 

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ンマアアァァァァ。夏目君顔激良尚且可愛頂点極我絶叫気絶昇天也。

 

 

ごめんなさい取り乱しました。

 

 

そう、私は逆先夏目くんを崇拝しています。いや、崇拝というのが正しいのかどうかはもうわからない。この感情に名前を付けるとしたら何なのだろう。愛?恋?崇拝?羨望?すべて正しいようで違うような気がする。名前募集中です。この感情の名前、募集します。なんでもいいです。『うめぼし』とかでもいいです。

 

とにかく私は夏目くんに傾倒しきっているのです。なんでなんだろう!ぜーんぜん分かんない!理由が!!わからない!!!だけど好きなんだよね!!

正直奇人とか好きになる器じゃないし、私はもう一人の推しである瀬名泉くんを永遠に推していくってなんか勝手に思ってたし瀬名泉くんこそ顔も中身も私の好みのタイプだって思ってた。

もちろん泉くんが私の好みのタイプから外れるなんて過去の私の推しの傾向からしても神に誓って絶対にありえないんだけれど、どういうわけか夏目くんを好きになってしまいました。理由が分からないから具体的に夏目くんの何が好きか聞かれると『顔』ぐらいしか答えられないんですが、あえて言うとすれば夏目くんの『魔法』だと思います。私は夏目くんの『魔法』にかかってしまったみたいです。

 

 

というのはまあさておいて。私が話したいのは夏目くんへのくっだらん愛じゃなくて、そこからのお話。

 

もちろん私は夏目くんの顔が好きなのです。ゲームの夏目くんもアニメの夏目くんもヴァーチャルライブの夏目くんも好きなのです。

 

そこで出会ってしまった、2.5次元の夏目くんに。

 



 

ハ???????顔なの?????????顔じゃん。

 

 

すみません、この頃語彙力の低下が著しくて『顔がいい』という言葉すら出てこなくなってしまいまして。もっぱら『顔か?顔なのか?顔?』しか言えない奇病にかかっております。

 

2.5次元の夏目くんは、まさに私が思い描いた通りの夏目くんでした。私の中ではもう『夏目くんが現実にいたらこんな感じ』なんてレベルではなくて『夏目くんが現実にいた』という感覚。ビジュアルを見て私は多大なる衝撃を受けました。

 

しかしこの時点ではあくまでもビジュアル止まりなわけで。本来ならここでちゃんと舞台の上の『逆先夏目』を見るべきだったのですが、なぜか私はその順番をすっ飛ばして夏目くんを演じている木津つばさくんに興味を持ってしまったのです。

 

つばさくんのことを知っていったら、私の中に『逆先夏目』と『木津つばさ』という二人の人物が現れてそれぞれ違う人物として認識し、好きになっていました。

 

 

しかしそこで問題が発生します。

 

 

私が好きなのは『逆先夏目』と『木津つばさ』であるから、別々の人物として好きな私が夏目くんを演じているつばさくんを観たら違和感を感じてしまうのではないかという不安が心を覆いつくしたのです。

私が好きなのは夏目くんであってつばさくんではなく、つばさくんであって夏目くんではないのです。

 

 

そう、ジャニオタであり二次オタであり若俳オタクでもある私の友人も言っていた。

 

 

 

『原作厨と若俳厨は一生分かり合えないし死んでもバトってるよwww』

 

 

 

それなofそれな。

 

 

 

いやそうなんだよ。現にそれが私の脳内で繰り広げられているんだからな。実際こんなのはよくある話ですし。私が順番を誤ってしまったのはタイミング悪く夏目くん出演のあんステ(あんスタの2.5次元舞台の通称)公演が終演した直後だったというのもあるし。私が悪いんです。そう。

 

 

だからものすごく怖かったんです。つばさくんが夏目くんを演じているのを見るのが。なんだかその瞬間に夏目くんを夏目くんとして好きではいられなくなってしまうような気がしたし、つばさくんがつばさくんではなくなってしまうような気がしたから。

 

 

発売日を前にして、せっかくの推し出演のあんステ円盤を購入するか死ぬほど悩みました。怖かった。

だけど、推しの言葉で買うことを決めました。

 

 

『もうすぐ会えるネ、子猫ちゃん』

 

 

私は何を悩んでいたんだろう。夏目くんとの逢瀬は、夏目くんによって約束されていたのに。

 

 

 

私は緊張しながらパッケージを眺めました。私はどういう気持ちでこのDVDを観たらいいのだろうと不安で仕方がなかったのです。

 

 

でもそんな不安は一瞬にして吹き飛んでいったのです。

 

 

だって舞台に立つ彼は、紛れもなく

 

 

 

 

『逆先夏目』だったから。

 

 

 

 

 

そこに『木津つばさ』はいなかった。ただ私の好きな夏目くんがそこにいた。

 

 

もちろん感動したし、より夏目くんのことを好きになりました。同時に、つばさくんの俳優としてのポテンシャルの高さを思い知りました。もちろん、一緒にあんステを作り上げたほかの俳優さんもすごくレベルが高いと思いました。アドリブや動きの細かい部分にはその人の素が出てしまいがちなのに、つばさくんはどこからどう見ても『逆先夏目』だったのです。

 

 

 

ありがとう夏目くん、私をつばさくんと出会わせてくれて。

 

ありがとうつばさくん、夏目くんをもっと好きにさせてくれて。

 

 

 

 

大好きな推しーーーッッッ‼️‼️これからも大好きでいさせてくれよナーーーーーーッッッッ‼️‼️‼️

君の青春を覗いた

一つのことにしか夢中になれない私は今、キスマイからいったん離れて別の界隈に生息している。刻々と変わっていく価値観の中、なんだか少し切ない気持ちになったので書き記しておこうと思う。

 

 

 

私は今とある俳優さんが好きだ。といっても元はダンスボーカルグループのメンバーである(ここまで言ったら誰かバレそう)ので、結局はそういうことなのかと自分の中で妙な納得をしつつ、彼をぼちぼち追っていた。

 

私は嘘偽りなく寸分違わず顔ファンなので最初は「顔がいいな~」とか言いながら彼を見ていた。次第に彼のことをもっと知りたいと思うようになり、演技を見て、劇中で歌声を知り、ダンスを見た。彼の歌って踊ることに対する情熱に魅了された。彼がダンスボーカルグループのメンバーだということは後から知った。

私は彼の「俳優」の部分しか知らない。だから彼のグループのCDを買った。DVDを見た。雑誌のインタビューを読んだ。「俳優」をしながら「歌って踊るパフォーマー」をする彼は、私の中で尊敬に値した。

 

 

 

そんな彼が所属するグループは、3月の末にメンバー全員が卒業した。それにあたり、彼は自身が所属するグループのことを『僕の青春のすべてだ』と言った。そんな彼の輝かしい『青春』を、私は覗いた。彼が大切にしている宝箱の中身を見る、そんな感覚だった。誰にだって眩しい青春の日々がある。彼の『青春』をこの目で見て、私はなぜか自分の青春と彼のそれを重ねてしまった。彼の『青春』が眩しくて痛かった。彼の『青春』を見て自分の青春を思い出すなど、なんて馬鹿馬鹿しいことなんだろうと思った。私ごときの、ちっぽけな眩しくて貴い青春の日々が彼の『青春』に敵うはずなどないのに、同じまばゆさのように感じてしまった。それが今の私の心には痛い。

 

 

 

もう少し語らせてほしい。

 

 

 

 

彼は時たま『自分はいったい何者なんだろう』と思うことがあるという。それが、彼が役者である原動力にもなっている。『役者でいれば、自分を見失いそうになっても何者にでもなれる』と。確かにそうだ。私もほんの短い間だが役者をしていたことがあるから分かる。彼は本当に役者ということに対して誠実な人だと思う。だけど、先ほど述べたように彼を知ったうえで言わせてもらえば、私にとって彼はもう十分『何者』である。役者をしている彼も、そうでない彼も、私の中ではすべてが私の好きな彼自身だからだ。

 

 

 

こうして言葉にして書いてみると、自分ってだいぶ拗らせているなあと思う。やっぱりどこまで行ってもご都合主義でしか生きられないタチの悪いオタクなのだ。勘弁してほしい。

 

 

 

 

 

最後に、推しくんへ。

 

自分勝手でごめんなさい。私なんかが言うことじゃないと思うけど、『何者』であってくれてありがとう。私に眩しさを見せてくれてありがとう。これからもずっと輝きを放っていてください。

 

 

 

 

君はまだ青春の中に。

 

私とキスマイとあれこれ

TLが賑やかですね。

 

私がいつどうやってキスマイを好きになったかこれまできちんと書いたことがなかったし、公表したところで特にどうこうなるわけでもないから書いてこなかったんですが、せっかく沼落ちブログを書かれた方がおられるということでこれに乗じて私も書いてみようかなんて思ったところでございます。

 

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サムネ用のピカチュウ

 

 

 

2016年 沼落ちまで1km

 

過去のブログで書いたように、この当時の私は元担当に裏切られた傷が癒えきっておらず、またアニメや声優さんにハマっていた頃。

「もうジャニーズは当分いいや」が私の口癖だった。

そんなときGravityの映像を見る。とても衝撃を受ける。それまでキスマイはバラエティに出てちょけているだけのグループだと思っていたし、どうにも藤ヶ谷さんのスカした感じが気に入らなかった。でもこれを見てイメージが変わった。

 

「へーキスマイってかっこいいんだね。次にジャニーズにハマるならキスマイかなw」

 

 

ばかこの。この時点でハマっておけばよかったのだ。

 

「じゃあキスマイいけばいいのに」

 

母の言葉に

 

「いやでも今は私は推しがいるしジャニーズは当分いいんだって」

 

コイツはゴミだ。

 

 

 

 

2017年 沼落ちまで800m

 

Tonightの映像を見る。

「やっぱキスマイってかっこいいよね~、次行くなら絶対キスマイだわ」

「だからキスマイいけばいいのに」

「いやだから今は推しがいるんだって。今じゃない」

 

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いつになったらハマるんだ。

 

 

 

 

 

2018年初頭 沼落ちまで100m

 

買ったまま見ていなかった山下くんのライブDVDを鑑賞する。そこでNEXTACTIONでコラボしていた藤ヶ谷さんに出会う。私がグッときたのはNEXTACTIONではなくそのあとに呼ばれてPAri-PArAを見よう見まねで踊る藤ヶ谷さんのかわいさだった。

それまで藤ヶ谷さんのなんとなく斜に構えた感じ(ド偏見)が気に入らなかった私だが、そこで藤ヶ谷さんのかわいさに気づく。

「藤ヶ谷さんってかわいいんだね~」

 

で終わってしまった。

 

 

 

 

2018年9月23日 運命の日 チェックメイト

 

声優の推しを降りて何もなくなっていたとき、ふと母親に提案する。

 

「ジャニーズ縛りカラオケ行こうよ」

 

元NEWS担ということもあって、NEWSの曲やテゴマスの曲を多く歌ってしまう中で歌ったSHE!HER!HER!。私はこれが歌えなかった。歌えると思っていたのに歌えなかった。リリースされた当初にあれだけ歌番組でやっていたし、それを見ていたから歌えるはずだとたかをくくっていた。でも歌えなかった。

それが猛烈に悔しかった。なんでか分からないけれど死ぬほど悔しかった。

 

それがすぐに興味に変わった。

 

カラオケが終わって即行で中古ショップに駆けこんだ。有り金全部つぎ込んでそこに置いてあるディスクの類を買い漁った。

 

そして家に帰ってその日のうちにFCに入会した。

 

「もういいからね!?知らないからね!??FC入っちゃうよ!?入るからね!??」

 

なぜか母親にキレていた。そして本当にその日のうちに入金まで済ませた。

 

 

頭がおかしい。たった一日でキスマイに落ちるなんて。しかも動機がよく分からなさすぎる。今考えても理解不能だ。

 

 

そしてその翌日には

 

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この有り様だ。どうしてしまったんだ私は。この思考に至った経緯をもはや思いだせない。

 

でもここまで北山くんにホの字になったきっかけははっきり思い出せる。

 

 

それは母の言葉だった。以前の私のブログを見てほしい。

 

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元担当に落ちたときも母の言葉だったのだ。そして私はまたしても母の言葉によって北山くんに落ちたのだ。

 

 

今回は

 

「みっくんってなんかかわいくない?」

 

この言葉によって、私は北山くんのことばかりを目で追うようになってしまったのである。そして今に至る。

 

母はいつもそうだ。なんでもない顔して「ちょっとこっち来てみて?これ見てごらん」と私を呼び出し、何も知らない純朴な私は何の気なく母の元へ行く。そして後ろから背中をドーーーーーン!!!!!!!と押し部屋に閉じ込め、扉をバターーーーーーーン!!!!!!!!と閉めてガチャア!!!!!!!!!!!!とカギをかけてそのあとは知らんぷりだ。本当にタチが悪い。

「おかあさんごめんなさい!!!!!!!開けてよお!!!!!!」と懇願してももう遅い。そこは先の見えない北山宏光の沼という名の真っ暗闇。

 

 

 

 

 

元担当から離れてからというもの、いろんな界隈を渡り歩いたが1年と持たなかった私が元担当以来これほど長く好きでいるのは北山くんが初めてなのだ。だからこれからも好きでいたい。穏やかなオタクでいようと思う。

つまらない話で申し訳ないです。

 

精神病ってこんなもん その後

 

wotakuchang.hateblo.jp

 

 

約4か月の時短勤務による治療を経て、ようやく12月から通常勤務に戻ることが出来た。私は性格上一度決めたら絶対にやり遂げたいから、たとえどれだけ時間がかかろうとも必ず職場に復帰しようと決めていた。

通院治療自体はまだ続くが、あのどん底から4か月で這い上がれたのは周り人たちの協力と私が抱いた意志があったからだ。今はそう思える。

 

私は前回のブログから今日までで、初めて自分の気持ちを大切にしようと思った。誰に何を言われたってしんどいときはしんどいし、大丈夫なときは大丈夫。しんどいときは一人で抱えず誰かに助けを求めるようにした。

 

自分を大切にすることを、私は生まれて初めて知った。誰もが普通に無意識の中で誰に言われるでもなく出来ることを私は成長過程で身につけられなかったか、生きてきた道のどこかで欠け落としてきたのだと思う。これまでを振り返っても、自分を大切に思ったり自分の意志を通そうとする気持ちが希薄だった。その代わりに受ける痛みやコンプレックスを特に過度に感じていた。だから初めから感情を抑え込んで他人からぶつけられる感情や意志だけ受け止めていた。そうすれば自分の意志を抱かない分、期待がないから強く痛みを感じないと思い込んで諦めていた。そうやって単にいつ割れるかもわからないエアクッションを心に抱いていただけだったんだな、と気づいた。割れてしまったエアクッションの中には何もなかった。

今考えたら、そりゃあ精神もやられるよと思う。自分を大切に出来ないことはとても可哀相なことだと思った。大切に出来ないから他人に言われたことばかり気にして自分を責めて傷つけ続ける。

 

私は今この場所で、今周りにいてくれる人たちのおかげでやっと人間らしくなれた。自分を大切になんてそんな当たり前のことが私には分からなくて、人に言われるまで頭にもなかった。常に自己犠牲的でい続けることに大層な意味などない。何が正解で何が不正解かなんて人それぞれだ。最適解は100人いれば100通りある。

 

自分らしさって何だろう、自分らしいってどういうことだろう。幾度となく考えた。答えはその場その場で見つけたらいいと思う。今私がこうしたいからそうする。自分の意思をすべて押し殺してまで他人を気にする必要はどこにもないし、そんなこと誰も頼んでいない。勝手な自己犠牲で他人を思いやった気でいる方がよっぽど気持ち悪いなと、今少しだけ思う。だから最低限自分の意思を我慢しなくてもいいこの環境にちゃんと感謝したい。ちゃんと私を人間として扱ってくれた家族、職場の人、友達、フォロワーさん。みんな私にとって大切な人だ。自分を大切にしてくれる人を大切にすればいいと思うし、それが一番いいことだと思う。精神衛生的に安全だろう。

 

自分を否定しなくなってから、顔色がうんとよくなった。今までどれだけ化粧をしてもブサイクだった顔があからさまに明るくなった。人間性は本当に顔に出る。それと、私が一番嬉しかったことがある。私が落ち込んでいる時も悩んでいる時も死にたいと口にしたことも全部一番近くで見ていた母が、毎日楽しく生きている私を見て安心したように笑ってくれたことだ。私が「今日はあそこへ行こうよ」と誘うと「いきなり?」と言いながらも一緒に行って楽しんでくれて、なんだか母の楽しそうに笑った顔を見た私は泣きそうになった。自分のことで精いっぱいだったから私の調子が悪かった時に母がどんな顔をしていたかは分からないけれど、ああやって嬉しそうに笑ってくれた母の顔はとても心に来た。何と言ったらいいかわからないけれど、心配かけさせていたんだなと改めて思った。自分が元気でいることで両親が笑ってくれるならなんかその方がいいなって、ぼんやりとしたことしか言えないけれど思った。なんか本当にうまく言えないけれど、家族がいてくれてよかったなと思った。明日のことを考えるのが楽しくなった。

 

過去でも未来でもない今を生きるなら楽しい方がいい。私は今を全力で楽しみたい。たまには羽目を外してみてもいい。泣いたっていい。好きなことをとことんやって、極めて、最後にはいつも元気に笑っていたい。そうやって今日も明日も生きていく。