さあ答えを

馬鹿なヲタクの独り言

君の青春を覗いた

一つのことにしか夢中になれない私は今、キスマイからいったん離れて別の界隈に生息している。刻々と変わっていく価値観の中、なんだか少し切ない気持ちになったので書き記しておこうと思う。

 

 

 

私は今とある俳優さんが好きだ。といっても元はダンスボーカルグループのメンバーである(ここまで言ったら誰かバレそう)ので、結局はそういうことなのかと自分の中で妙な納得をしつつ、彼をぼちぼち追っていた。

 

私は嘘偽りなく寸分違わず顔ファンなので最初は「顔がいいな~」とか言いながら彼を見ていた。次第に彼のことをもっと知りたいと思うようになり、演技を見て、劇中で歌声を知り、ダンスを見た。彼の歌って踊ることに対する情熱に魅了された。彼がダンスボーカルグループのメンバーだということは後から知った。

私は彼の「俳優」の部分しか知らない。だから彼のグループのCDを買った。DVDを見た。雑誌のインタビューを読んだ。「俳優」をしながら「歌って踊るパフォーマー」をする彼は、私の中で尊敬に値した。

 

 

 

そんな彼が所属するグループは、3月の末にメンバー全員が卒業した。それにあたり、彼は自身が所属するグループのことを『僕の青春のすべてだ』と言った。そんな彼の輝かしい『青春』を、私は覗いた。彼が大切にしている宝箱の中身を見る、そんな感覚だった。誰にだって眩しい青春の日々がある。彼の『青春』をこの目で見て、私はなぜか自分の青春と彼のそれを重ねてしまった。彼の『青春』が眩しくて痛かった。彼の『青春』を見て自分の青春を思い出すなど、なんて馬鹿馬鹿しいことなんだろうと思った。私ごときの、ちっぽけな眩しくて貴い青春の日々が彼の『青春』に敵うはずなどないのに、同じまばゆさのように感じてしまった。それが今の私の心には痛い。

 

 

 

もう少し語らせてほしい。

 

 

 

 

彼は時たま『自分はいったい何者なんだろう』と思うことがあるという。それが、彼が役者である原動力にもなっている。『役者でいれば、自分を見失いそうになっても何者にでもなれる』と。確かにそうだ。私もほんの短い間だが役者をしていたことがあるから分かる。彼は本当に役者ということに対して誠実な人だと思う。だけど、先ほど述べたように彼を知ったうえで言わせてもらえば、私にとって彼はもう十分『何者』である。役者をしている彼も、そうでない彼も、私の中ではすべてが私の好きな彼自身だからだ。

 

 

 

こうして言葉にして書いてみると、自分ってだいぶ拗らせているなあと思う。やっぱりどこまで行ってもご都合主義でしか生きられないタチの悪いオタクなのだ。勘弁してほしい。

 

 

 

 

 

最後に、推しくんへ。

 

自分勝手でごめんなさい。私なんかが言うことじゃないと思うけど、『何者』であってくれてありがとう。私に眩しさを見せてくれてありがとう。これからもずっと輝きを放っていてください。

 

 

 

 

君はまだ青春の中に。